2017年9月25日月曜日

倒幕目的説にはどこまで信憑性があるのか? 書評『暴かれた伊達政宗「幕府転覆計画」』中編

大泉光一著『暴かれた伊達政宗「幕府転覆計画」 ヴァティカン機密文書館史料による結論』の書評の中編。



前回の前編ではヴァチカン機密文書館(ASV)に残された史料を読み解けば、政宗がローマ法王パウルス5世に対して「カトリック王への叙任」と「キリスト教騎士団の創設」という隠された2点の請願をしていた可能性が導けることと、政宗自身はクリスチャンではなかったことが判明したことまで紹介した。

■ 倒幕計画の結論ありき?

NHK大河『独眼竜政宗』より
大久保長安・ソテロと密談するシーン。彼の胸中やいかに。 
問題はここからである。

この2点の隠された請願は何を意味するのか? 慶長遣欧使節団の真の目的は何だったのか? 著者・大泉氏によれば
政宗の本当の目的は、ローマ教皇の力でスペインの軍事的協力を得て、徳川幕府に最後の決戦を挑み、徳川秀忠に代わって伊達政宗が将軍職に就き、日本の支配者になることであった。(p8、強調はブログ筆者による)
だそうなのである。ここが難しい。

本書にはなぜ2点の隠れた請願があったという可能性が政宗は実は倒幕を狙っていた、という結論につながるのかが、ほとんど書かれていない。

たとえば「カトリック王の叙任」および「キリスト教騎士団の創設」という請願があったとして、ここから政宗が何をしたかったのかを考えるとしよう。倒幕計画以外に、である。
  • 政宗本人はクリスチャンではないが、国内キリシタンの保護、及び失業対策を考えていた
  • 徳川政権と懇意の新教国(イギリス・オランダ)に対抗意識があり、それら勢力に対抗するカウンターパワーとしての旧教勢力(スペイン・ローマ法王庁)の利用を考えた
  • カトリック王の称号、騎士団創設の実績を看板に、スペイン以外の国とも貿易交渉を行う構想があった。その交渉での有利な材料としたかった
もちろん、それぞれに細かい検証は必要ではあるが、上記の様な推論も成り立つとは思うけれども、いかがだろう。それらを排していきなり倒幕計画につなげてしまうのは、少し無理があるし、説明があまりに足りない。

ちなみに、「キリスト教騎士団」の創設とは、あくまで日本国内のキリシタンを政宗配下の騎士団として組織する、という意味だろう。それと筆者の言う「スペインの軍事的協力」とはまた別の話だ。前者は国内のキリシタンを味方につける方策、後者は外からの援助を得る方策である。


■ 政宗の倒幕計画をそそのかしたのはソテロ?

もうひとつ、この本で説明が足りないと思ったのが、なぜ政宗が倒幕計画を志向するようになったかの動機についてである。まぁこのあたりは、世間一般の野望に溢れた政宗のイメージからすれば今更説明は不要として省略したのかもしれない。

本書で唯一触れられているのが、ソテロが政宗をそそのかしたのではないか? という推論で、徳川政権の倒幕を狙っていたのは、実はソテロだったのではないかという説だ。

徳川幕府のキリシタン、および宣教師たちへの弾圧が強まるにつれ、ソテロも捕縛され、火あぶりの刑を受けることになった。しかし、使節団の案内役として余人をもって代えがたしという政宗の嘆願によりかろうじて救われたことを指摘したうえで、
自らも殉教寸前という経験をしたソテロは、強い衝撃を受け、徳川政権下でキリスト教の布教活動を行うことに、絶望感を抱いたであろう。親しい関係にある政宗を使って徳川政権を倒すしかないと、ソテロが考えたと推測して間違いないと私は考える(p52)
というのが筆者の主張だ。これも、弾圧をうけたこととソテロが倒幕を目指すようになったことがダイレクトに結びつきすぎていて、説明が足りない。

日本国内で弾圧を受けたキリスト教宣教師は、なにもソテロだけではない。弾圧どころか殉教した宣教師もいるなかで、なぜソテロだけが倒幕まで目指すようになったのかの根拠が弱い。

宣教師 ルイス・ソテロ
1574-1624。父親はスペインの参議院議員。
自身もサマランカ大学で法学・医学・神学を
治めたエリートである。そんなスペックをも
ちながらわざわざ極東の島国までやってきた
のだから、志のい人物ではあったのだろう。
そもそも土着の宗教もある日本に乗り込んできて勝手に布教をしながら、それを禁止されたからと言ってその国の政府を倒すところまで発想がいってしまうというのも、迷惑このうえない話ではある。

...と思いながらいろいろ書いてたら、案外過激な宣教師とはそんなものではないかという気もしてきた。

古今東西、あらゆる宗教にとって布教と弾圧はセットである。積極的な布教という意思の弱い日本の神道を例外として、新しい宗教を広めようとすれば既存の勢力との軋轢を生みだし、弾圧されるのが常だ。弾圧は身内意識をかため、より強い教団へと成長していき、やがて国家に容認される、というのが勝ち組宗教のパターンだ。

ところが負け組宗教というか、弾圧の試練を乗り切れなかった教団は、テロ行為に走る傾向がある。

日本にもかつて、オウム真理教なる宗教団体が存在した。彼らは教祖である麻原彰晃が選挙に負けたのをきっかけに、日本政府の転覆を狙って地下鉄サリン事件などのテロ行為をおこしたことがある。

ソテロはビッグマウスというか、誇張の表現が多い人物だという証言が多方面から残されている。そういったソテロのイメージからすれば、弾圧を逆恨みして倒幕まで考えてしまう、思考のブっとんだ人物だと考えるもありえなくはない気がしてきた。

というわけで、ブログ筆者は著者・大泉氏の「ソテロが倒幕を考えていたかもしれない」という説には要検討ではあるものの、可能性は排除しきれない、という感想を持つに至った。

ただし、その実証にはやはり文書ベースの決定的なエヴィデンスが必要ではあるのだが。

■ 著者・大泉氏のバックグラウンド

実はブログ筆者は、この大泉氏の本を読むのは初めてである。どころか、前編冒頭で述べたように、慶長遣欧使節についてはこれまであまり深く首を突っ込まずに来た。今回この本を読んでみて、慶長遣欧使節の目的=倒幕という、学会では否定的な意見を文春新書というメジャーな媒体で、かつ堂々と展開しているので大泉氏のバックグラウンドが気になった。

Wikipediaで調べられるレベルだけでも
危機管理、国際テロなどが専門だが、支倉常長について長く研究をしており、田中英道の『支倉常長』を捏造だと批判して、田中と論争になった[2]。「支倉は徳川幕府打倒のために派遣された」という説を唱えているが、歴史学界では荒唐無稽の説とされている。https://ja.wikipedia.org/wiki/大泉光一
という情報が出てくる。さらにTwitter上でつながりのある方の指摘で思い出したのだが、ブログ筆者は以前にも大泉氏の他の本を立ち読み(買わなくてさーせん)したことがあり、そこでは仙台郷土史会の割と有名な学者たちに対する名指しの批判・恨み節が、これでもかというくらいに述べられている章があった。



あるいは、ディベート文化の海外の学歴キャリアを持つ著者の論戦のしかけ方は、日本の研究者には過激に映るのかもしれない。いずれにせよ、大泉氏は慶長遣欧使節や伊達政宗に関する研究のメインストリームに位置する方とはとうてい言いがたく、「倒幕計画」という結論ありき、かつ学会内での人間関係が原因で、ある程度主張に主観が入りすぎている感はどうも否めそうにない。

とはいえ、大泉氏の本を一冊(と1章の立ち読み)だけで批判するブログ筆者の態度もあまり褒められたものとは言えない。大泉氏の他の著作に、この『暴かれた伊達政宗「幕府転覆計画」』だけでは読み取りきれなかった著者の主張や論拠が書かれているかもしれないので、それらについても機会があれば触れてみようと思う。

■研究を阻む言語の壁

思うに、慶長遣欧使節というテーマは実にやっかいである。

前提として当時の日本の情勢はもちろん欧州諸国、中南米諸国、キリスト教諸団体の情勢という複数の知識が求められる(話はそれるが、本書には1591年の九戸の乱を1600年と誤認している箇所(p59、第1刷)があり、大泉氏の東北戦国史についての知識はそれほど専門的ではなさそうではある)。

加えて、原史料を読み解こうと思ったら、簡単に思いつくだけでも日本古語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語、ラテン語を習得する必要があり、それらは現在の話し言葉とは違う古典言語で、しかも専門的な行政文書である場合がほとんどだ。

これは大泉氏も指摘しているところではあるが
...これ(※ブログ筆者注、上記列挙の複数言語)を原文で読み、理解することのハードルの高さが、研究を困難なものにしてきた。
研究者が原典にあたらず、明治時代、まだ辞書も不完全であった頃に訳された、転写漏れ、誤写や誤訳だらけの史料集(『大日本史料(第十二編之十二)』)を引用、孫引きして研究を進めたため、不可解な定説が生まれたと言っていい
...(p11)
という側面は、確かにあるのだろう。であれば、やはりそれら複数の言語を読み解ける大泉氏のスキルはとても貴重である。

■いでよ、次世代の研究者...

使節団の請願に対する教皇庁の回答文書
ASV所蔵。イタリア古語で書かれたものとのこと
まぁ、こんなの一般人に読めるわけないよね...
そういうせっかくの貴重なスキルを生かして、大泉氏は『支倉六右衛門常長「慶長遣欧使節」研究史料集成』全3巻を刊行されているそうだ。おそらく大変な労力であっただろう。こういった氏の業績は素直に評価されるべきだと思う。

しかし、せっかくの良質な史料にアクセスできる能力を持っておられながら、大泉氏の論には飛躍が多い気はする。

これはとある方の受け売りなのだが、持論を展開するには論拠(エビデンス)と論理(ロジック)が必要である。建築に例えるなら建材と工法が必要なのだ。せっかく腕のいい大工でも、ボロボロの建材を使えば立派な建築はできない。未熟な大工が高級な素材を使っても然りだ。

大泉氏が発掘し、研究に利用している海外の文献は、これまで日本の研究者があまり手を出してこなかった貴重なものも多いはずだ。だが、それらの史料をどう読み解いて使うかというところに、大泉氏が批判される理由がある様に思う。

同じ素材を用いた結果「倒幕計画」以外の結論にいたる学者がいてもいいと思うし、そういう論があるならぜひとも聞いてみたい。Twitter上でつながりのある方もこの本を読んで似たような感想をもたれたそうで、「これら史料使っての他の方の解釈が聞きたい、史料批判含め論じて欲しい」とおっしゃっていた。

需要はある!

海外の文献も駆使しつつ、仙台の郷土史家たちともWin-Winの人間関係を築きながら、論理の展開にも齟齬のない次世代の研究者たちが登場するのを、気長に待ちたい。

【続く】ロマンを追うか? 史実を追うか? 書評『暴かれた伊達政宗「幕府転覆計画」』後編

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