前編ではヴァチカン機密文書館(ASV)に残された史料について、中編ではその史料をどう解釈するべきかについて触れた。本稿後編ではそもそも論として、仮に政宗が倒幕計画を立てていたとして、それを立証することは可能なのだろうか? というところから話をはじめたい。
■ 倒幕計画を立証するには?
NHK大河『独眼竜政宗』より 戦国最後の大戦・大阪の陣における政宗と松平忠輝。 このときも、隙あらば家康の首を狙っていた? |
これは著者も本書で認めていることではあるが、少なくとも日本側で政宗の倒幕計画を立証する文書は見つかっていない。そこから
- それは政宗が証拠隠滅を図ったからだ。証拠はないが倒幕計画はあった
- 証拠がない以上、それ以上のことは言えない
という2派に別れるのである。1の立場は、天下取りの野望を秘めた政宗の世間一般のイメージからすれば倒幕計画はあってもおかしくないという、ある意味ロマン派な意見で、2の立場は証拠がない以上何も言えないというドラスティックな現実主義的意見だ。
その意味で、倒幕計画を立証したいのであれば国内の史料でそれが叶わない以上、海外の史料をあたるしかないという著者・大泉氏のアプローチは正しい。ただ中編で述べたように、政宗があえて親書に残さなかった請願がヴァチカンの史料から読み解ける=倒幕を考えていた、は論理が飛躍しすぎているし、証拠としても弱い。
本書では、ヴァチカンのローマ教皇庁以外にもイエズス会、フランシスコ会、インディアス顧問会議、スペイン通商院など様々な団体が遣欧使節団についての報告書を書いている様子が紹介されている。そういった文書の中にたとえば
「日本の奥州王たる伊達政宗の真の目的は、けっして信仰上のものではありません。ローマ法王庁の権威を借りてジパング国内のクリスチャンを味方につけ、クーデターを起こすことです。彼は真のキリスト信者ではありません。謁見の際は注意されたし」(イエズス会のローマ法王庁宛報告書(架空))
「松平陸奥守は野心的で、我らスペイン王国の尖兵となりえます。日本の政府にはウィリアム・アダムスなるイングランド人の外交顧問がおり、将軍の信頼を勝ち取っています。英国の影響力を排し、我らスペイン人が割って入るのが難しい今となっては、奥州王の政府転覆計画に協力するのも選択肢かもしれません」(メキシコ副王政庁のスペイン本国宛報告書(架空))
といったような文言が見つかれば、多少は倒幕計画の裏付けになるかもしれない。ただ、それでもその文書の信憑性に対する批判・検証は必要ではあるのだが。
■ 黒脛巾組と悪魔の証明
慶長遣欧使節からは脱線するが、政宗をめぐる似たような議論に、黒脛巾組くろはばきぐみというトピックがある。政宗お抱えの忍者集団なのだが、1次史料に登場せず、はじめて名前が出るのは江戸中期に書かれた『伊達秘鑑』と成立時期不明の『老人伝聞記』であり(どちらも『仙台叢書』所収)、その実在性が疑われている。
かつて伊達武将隊には黒脛巾組の忍&くのいちがいた。黒脛巾組は仙台市公認?
学説的な実在性はともかく、観光資源として人気のある伊達武将隊には
外国人ウケの良い忍者キャラは復活させた方がいいと思う。にんにん!
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黒巾組の存在を主張する人々は、「そもそも裏方・汚れ仕事・秘密工作を担当する忍が、史料なんて残すはずがない。史料はなくて当然なのだ(でも彼らは存在した)」という根拠の弱い主張にならざるをえない。
一方、黒巾木組の存在を疑う立場からは「1次史料に登場しない以上、実在性は疑わしい、江戸時代の創作だ」としつつ存在しないことを証明しきれない、いわゆる「悪魔の証明」に陥ってしまう。
黒脛巾組は「信長の野望・創造」にも登場。
新作「大志」が11.30に発売予定。はよ出ろ。
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従って、調べても調べても「今のところ黒巾木組の存在を証明できる1次史料はみつかっていない(いたのかいないのか、実のところよくわからない)」という、奥歯に者が挟まった様な歯切れの悪い結論になってしまうのだ。
そもそも黒脛巾組は主に小説やゲームなどのクリエイターが扱う題材で、学者が手を出すようなトピックではない。上記で「議論」と言ったのはちょっと大げさだったかもしれない。
が、歴史好きの仲間と飲んでいると「政宗ならああいう影の軍団使いそうだよねー」と盛り上がれる話題であることは間違いない。羽黒山と伊達家の関わりだとか、政宗外交の粘り強さとか、黒脛巾組という補助線を用いることで妙に納得? してしまう点は確かにある。
■ 伊達政宗をめぐる永遠の葛藤
伊達政宗は慶長遣欧使節、黒巾木組以外にも
- 父・輝宗の射殺命令を下したのか?
- 弟・小次郎殺害事件の真相は?
- 葛西・大崎一揆を扇動したのは本当か?
- そもそも本当に天下を狙っていたのか?
など、疑惑や謎の多い人物で、どのトピックでも史料ベースで議論を進めるべきという歴史学と、野心に溢れた政宗の一般的イメージに立脚したロマン主義の対立が起きている。主に小説やドラマ、ゲームなどの創作物で政宗人気が沸き立ち、歴史学がその世間一般のイメージを訂正しようとする、という永遠のいたちごっこなのだ。
実は今、ブログ筆者もこの2項対立に悩んでいる。
天下取りの野望を抱く、ギラギラとした若き戦国武将。数々の疑惑をもたれながらも、それを潜り抜ける用心深さ。そんな一般的なイメージの政宗が好きだ。慶長遣欧使節だって、ただの通商目的よりも倒幕計画と絡めた方が話としては面白いに決まっている。
一方で、なるべく思い込みのイメージを排した実像に迫りたいという欲求もある。
史料主義の歴史学という手法では、政宗という人物はとらえきることが難しいことは確かで、あるいは心理学や民俗学といったような別の手法でのアプローチがあってもいいのかもしれない。
一方で、なるべく思い込みのイメージを排した実像に迫りたいという欲求もある。
史料主義の歴史学という手法では、政宗という人物はとらえきることが難しいことは確かで、あるいは心理学や民俗学といったような別の手法でのアプローチがあってもいいのかもしれない。
筆まめで自筆の書状も多く残り、外部から彼を記録した史料も豊富。それでいて、史料ではとらえきれない魅力にも溢れた人物。
伊達政宗の研究は実に難しい。であるが故に、面白い。